なぜ高周波PCBでは、樹脂だけでなくガラスクロスまで低誘電化するのか?
― 「低Dk樹脂を使えば十分」ではない理由 ―
前の記事では、Eガラス・NEガラス・Tガラスが「どれが一番高性能か」ではなく、何の性能を狙っているかで使い分けられることを見ました。ここから一歩進めます。高速・高周波PCBでは、なぜ樹脂だけでなくガラスクロスまで電気特性を意識して設計するのでしょうか。答えは、CCLが樹脂だけではなく、ガラスクロスを含んだ複合材料だからです。
1.まず「CCLの中身」を思い出してみる
CCL(Copper Clad Laminate)は、銅箔と絶縁層から構成されるPCBの基本材料です。そしてその絶縁層は、単純な樹脂の塊ではありません。ガラスクロスに樹脂を含浸させたプリプレグなどを積層して作られます。
つまり、高速信号から見れば、基板の中には銅・樹脂・ガラスが存在します。それぞれの役割を分けて考えると、材料開発の方向が見えやすくなります。
図:銅箔・樹脂・ガラスクロスが、それぞれ異なる役割を担いながら一つのCCLを構成するという考え方を示した概念図。実際の電界分布や伝送損失を定量的に示すものではありません。
2.「低Dk樹脂」だけを見てはいけない
高速・高周波回路では、絶縁材料の誘電率(Dk)や誘電正接(Df)が伝送特性に関係します。そこで、まず低Dk・低Dfの樹脂を選ぶことが重要になります。
しかし、実際の絶縁層にはガラスクロスが入っています。したがって、樹脂単体のDkが低いことと、ガラスクロスを含んだ複合材料としての電気特性が低いことは同じではありません。
「その樹脂の中に、どんなガラスクロスが入っているか」まで見る。
材料屋の目線では、ここが大きなポイントです。低誘電樹脂と低誘電ガラスクロスを組み合わせることで、CCL全体としての低損失化をさらに狙える余地が生まれます。
3.ガラスクロスは「骨格」なのに、電気特性も持っている
ガラスクロスの基本的な役割は、樹脂だけでは得にくい機械的強度、寸法安定性、熱安定性を与えることです。ところが高速化が進むと、ガラス繊維そのものの誘電特性も無視しにくくなります。
日東紡は、電子材料用ガラスクロスについて、Eガラスに加えて低誘電特性のNEガラスを展開しています。同社公表値の一例では、1GHzにおけるガラスの誘電率はEガラス6.8に対してNEガラス4.8、誘電正接はEガラス0.0035に対してNEガラス0.0015とされています。これはガラスそのものの組成を電気特性の観点から設計していることを示す分かりやすい例です。日東紡「NEガラス」
| 日東紡公表値の例 | Eガラス | NEガラス |
|---|---|---|
| 誘電率[1GHz] | 6.8 | 4.8 |
| 誘電正接[1GHz] | 0.0035 | 0.0015 |
| 密度(g/cm³) | 2.6 | 2.3 |
注:上表は日東紡が公表する実測値の一例です。塊状ガラスの測定値であり、規格値ではありません。実際のCCL特性は樹脂、ガラスクロス、樹脂含有率、積層構成などでも変わります。
4.さらに重要なのが「ガラスの入り方」
ここからが、専門家サイトとしてもう一段深掘りしたいところです。
同じガラス組成でも、ガラスクロスの織り、厚さ、密度、開繊、樹脂含有率などが変われば、基板の中でガラスと樹脂が存在する状態も変わります。
高速信号では、配線周辺の電磁場がどの材料にどの程度関係するかが重要になります。そのため、「低誘電ガラスを使った」という一言だけでは不十分で、ガラスクロスと樹脂の組み合わせ方まで含めた積層設計が必要になります。
樹脂リッチな領域
配線位置とガラスの位置関係を意識する必要がある。
ガラスと樹脂の複合領域
実際の基板は複数材料の組み合わせでできている。
積層・配線まで含めて設計
材料選定と回路設計を切り離して考えない。
図:ガラスクロスは「入っているか/いないか」だけでなく、織りや樹脂との組み合わせ、配線との位置関係まで含めて考える必要がある、という概念図です。
5.だから「低Dk樹脂+低誘電ガラス」が一つの方向になる
高速材料の設計では、樹脂とガラスクロスを別々の材料として評価するだけでなく、複合材料として最終的にどんな電気特性を実現するかを見ることが重要です。
一般的な考え方
樹脂のDkを下げる
低誘電樹脂を選び、絶縁層の低損失化を狙う。
高速材料の考え方
樹脂+ガラスクロス+積層を見る
ガラス組成、クロス、樹脂含有率、配線位置まで含めて最適化する。
この考え方は、前の記事で扱ったNEガラスにもつながります。NEガラスは「Eガラスの高級版」というより、高速伝送という目的に合わせて、ガラス側の電気特性を変えた材料と考えると本質が見えてきます。
6.ただし、ガラスだけ低誘電にしても解決しない
ここは「専門家サイト」として、あえて釘を刺しておきたいところです。
低誘電ガラスを使えば、それだけで低損失PCBになるわけではありません。実際には、次の要素が同時に効いてきます。
| 要素 | 主に見るポイント |
|---|---|
| 樹脂 | 低Dk・低Df、耐熱性、加工性 |
| ガラスクロス | 誘電特性、厚さ、織り、開繊、寸法安定性 |
| 樹脂含有率 | ガラスと樹脂の割合、絶縁層の実効的な電気特性 |
| 銅箔 | 表面粗さ、厚さ、密着性、信頼性 |
| 積層・配線 | 層厚、インピーダンス、配線との位置関係 |
つまり、高性能PCBは「一番高性能な材料を全部入れる」設計ではありません。 それぞれの材料に別々の役割を持たせ、最後に一つの基板として成立させる設計です。
7.銅箔の「滑らかさ」と、実は同じ考え方
これまでの記事では、銅箔を滑らかにすると高速信号の伝送損失を抑える方向に働く一方、樹脂との密着ではピール強度との両立が重要だと見ました。
ガラスクロスも同じです。「低誘電なら低誘電なほどいい」と単純化するのではなく、機械特性、熱特性、加工性、コスト、樹脂との相性まで含めて用途に合わせる必要があります。
材料技術の面白さは、ここにあります。「高性能」という一つの物差しではなく、複数の相反する要求の中から最適点を探す。 これは銅箔でもガラスクロスでも同じです。
8.AIサーバー時代には、ガラスそのものが次の勝負になる
AIサーバーやデータセンター向けの高速・大容量通信では、伝送損失と消費電力を抑えることがますます重要になっています。そのため、低損失化の対象は銅箔だけではなく、CCLの絶縁材料側にも広がっています。
その動きを象徴する例が、日本電気硝子(NEG)が2025年12月に販売を開始したD2 Fiberです。同社はこれを「第2世代」の低誘電ガラスファイバとして、AIサーバーのマザーボード、高周波通信基板、半導体パッケージ基板などを用途に挙げています。10GHzでの低い誘電正接を特徴としており、ガラス繊維そのものを次世代高速通信材料として位置付ける動きが見えます。日本電気硝子「D2 Fiber」
↓
伝送損失をさらに下げたい
↓
樹脂だけでなくガラスも低損失化
↓
ガラス組成・繊維・クロス技術まで競争領域が広がる
これは、これまで「補強材」として見ていたガラスクロスが、電気特性を積極的に設計する機能材料へ変わりつつあることを意味します。
9.材料屋なら、ここから「織り方」まで見る
そして次に出てくる疑問が、「同じ低誘電ガラスでも、ガラスクロスの織り方や厚さで信号は変わらないのか?」です。
実際、ガラスクロスは経糸と緯糸からなる織物であり、製品ごとに厚さ、質量、糸密度、織組織などが異なります。日東紡や旭化成の製品情報でも、こうしたクロス仕様が整理されています。日東紡「電子材料用ガラスクロス」 / 旭化成「ガラスクロス」
つまり、次に深掘りすべきなのは、「ガラスの組成」から「ガラスクロスの構造」へです。
基板を外から眺めると、見えているのは銅箔と配線です。しかし、その下には樹脂があり、その中にはガラスクロスがあります。
高速信号の世界では、見えている材料だけを見ていては本質に届きません。「何が入っているか」だけでなく、「どのように入っているか」まで見る。
これが、電子材料を読むときの一つの作法なのかもしれません。
まとめ
- CCLの絶縁層は樹脂だけではなく、ガラスクロスを含む複合材料。
- 高速・高周波化では、樹脂のDk・Dfだけでなくガラスクロスの誘電特性も重要になる。
- NEガラスは、ガラス組成そのものを低誘電・低損失の方向に設計した代表的な材料。
- ガラスクロスは、誘電率だけでなく、厚さ・織り・開繊・樹脂含有率などとの組み合わせで考える必要がある。
- 銅箔・樹脂・ガラスクロスは、それぞれ異なる課題を解きながら、一つの高性能PCBを構成している。
- AIサーバー時代には、ガラス繊維そのものを低誘電化する動きも進み、材料競争の領域がさらに広がっている。
- 次に見るべきは、「低誘電ガラスの組成」から「ガラスクロスの織り方・構造」への深掘り。
日東紡績「電子材料用ガラスクロス」「NEガラス」、旭化成「ガラスクロス」、日本電気硝子「D2 Fiber」など、各社が公開している製品・技術情報をもとに構成しています。数値は公表されている実測値の一例であり、規格値や個別製品の保証値を示すものではありません。
日東紡・電子材料用ガラスクロス / 日東紡・NEガラス / 旭化成・ガラスクロス / 日本電気硝子・D2 Fiber