なぜTガラスは半導体パッケージ基板で重要なのか?
― 低CTE・高弾性が「反り」と「寸法安定性」を左右する理由 ―
前の記事では、Eガラス・NEガラス・Tガラスは「どれが一番高性能か」ではなく、何の性能を狙っているかで使い分けることを見ました。今回は、その中でも少し特殊なTガラスに一歩踏み込みます。Tガラスのポイントは、単に「強いガラス」だからではありません。低熱膨張(低CTE)と高い弾性率によって、半導体パッケージ基板の熱・機械的な課題に対応する材料だということです。
図:Tガラスが「熱膨張差を完全になくす材料」という意味ではなく、低CTE・高弾性という特性を使ってパッケージ基板の寸法安定性や機械的信頼性を狙う、という考え方を示した概念図です。
1.そもそもCTEとは何か?
CTEはCoefficient of Thermal Expansion(熱膨張係数)の略です。材料が温度変化によって、どのくらい伸び縮みするかを表す指標です。
例えば、同じ温度変化を受けても、CTEが大きい材料はより大きく伸び縮みし、CTEが小さい材料は伸び縮みが小さくなります。半導体パッケージでは、半導体、銅、樹脂、ガラスクロスなど、異なる材料を一体化するため、「それぞれの材料がどれだけ動こうとするか」が設計上の重要な問題になります。
2.なぜ半導体パッケージで熱膨張差が問題になるのか?
半導体パッケージ基板は、製造時に加熱・冷却を繰り返します。さらに、実際に製品として使われるときも温度変化を受けます。
図:材料ごとの熱膨張差が応力につながることを説明する模式図。実際の応力・反り量は、樹脂、銅、ガラスクロス、積層構成、温度履歴などで変わります。
特にパッケージが大型化・薄型化すると、わずかな熱膨張差でも無視しにくくなります。そこで、基板側の材料に低CTEや高弾性といった特性が求められます。
3.Tガラスは「低CTEだけ」の材料ではない
ここが専門家サイトとして強調したいところです。Tガラスを「低熱膨張ガラス」とだけ覚えてしまうと、半分しか理解できません。
日東紡の公開情報では、Tガラスについて低CTE特性と高引張り弾性特性を持つことが示されています。同社が公開する実測値の一例では、Eガラスの熱膨張係数が5.6×10−6/℃、Tガラスが2.8×10−6/℃、引張り弾性率はEガラス75GPaに対してTガラス86GPaです。いずれも同社が示す代表的な実測値の一例で、規格値・保証値ではありません。
| 特性(公表値の一例) | Eガラス | Tガラス |
|---|---|---|
| 熱膨張係数 [×10−6/℃] | 5.6 | 2.8 |
| 引張り弾性率 [GPa] | 75 | 86 |
出典:日東紡「電子材料用ガラスクロス」公開情報。値は実測値の一例であり、規格値ではありません。
4.「低CTEなら何でもいい」わけではない
材料屋の視点では、ここからが面白いところです。もし「低CTEが重要なら、もっと低い材料を入れればいい」と単純に考えると、実際の材料設計から離れてしまいます。
電気の要求
低Dk・低Df
高速信号では、誘電特性や伝送損失を考える必要があります。
主な視点:信号がどう伝わるか
パッケージの要求
低CTE・高弾性
熱履歴や大型化による反り・応力、寸法安定性を考える必要があります。
主な視点:基板がどう動くか
つまり、同じ「高性能ガラス」でも、NEガラスとTガラスでは出発点が違います。NEは信号、Tは熱・機械。この整理を持っておくと、材料名が増えても迷いにくくなります。
5.「反り」はTガラスだけで決まるわけではない
もう一つ、専門家サイトとして避けたい誤解があります。それは「Tガラスを使えば反りがなくなる」という理解です。
実際のパッケージ基板の反りは、ガラスクロスだけで決まるものではありません。樹脂のCTE、ガラスクロスの種類や含有率、銅箔の量、積層構成、上下の対称性、硬化条件、温度履歴など、多くの要素が関係します。
一つの材料だけで決めるのではなく、複合材料全体でバランスを取る。
この考え方は、これまでの記事で扱った「樹脂だけでなくガラスクロスまで見る」という話ともつながります。
6.なぜAI時代にTガラスが面白いのか?
AI半導体や高速通信向けの半導体パッケージでは、パッケージ基板に対して高密度化・大型化・薄型化・高信頼性など、複数の要求が同時にかかります。
日東紡は電子材料事業の公開情報で、Tガラスを高密度パッケージ基板に不可欠な低熱膨張・高弾性ガラスとして位置付け、AI半導体や通信ASIC、高機能CPU用途の半導体パッケージ基板への採用について説明しています。
↓
パッケージの大型・高密度化
↓
熱・機械的な設計余裕が小さくなる
↓
低CTE・高弾性の材料が重要になる
↓
Tガラスのような特殊材料に注目が集まる
ここで重要なのは、Tガラスが「AIだから必要」という単純な話ではないことです。AI時代にパッケージの要求性能が高まり、その要求の一つとして低CTE・高弾性が重要になる。この順番で考えると、材料と市場のつながりが見えてきます。
7.NEガラスとの違いをもう一度整理する
| 材料 | 主に狙う性能 | 材料屋の見方 |
|---|---|---|
| Eガラス | バランス | 汎用的な電気・機械特性を支える |
| NEガラス | 低Dk・低Df | 高速・高周波信号の伝送を意識する |
| Tガラス | 低CTE・高弾性 | パッケージの熱・機械的安定性を意識する |
この表を覚えるだけでも、ガラス材料のニュースを読んだときに「これは電気の話なのか、熱・機械の話なのか」を切り分けやすくなります。
「低CTEだから高性能」。これだけで終わらせると、材料の本質を見失います。
半導体パッケージでは、チップ、銅、樹脂、ガラスクロスが一緒に働きます。温度が変われば、それぞれが別々に動こうとする。だから材料屋は、単独の数字ではなく“組み合わせたときにどう動くか”を考えるのです。
Tガラスは、ガラスそのものの性能ではなく、複合材料の中で価値を発揮する材料。 ここまで見えてくると、NEガラスとの違いもはっきりしてきます。
まとめ
- Tガラスの大きな特徴は、低熱膨張(低CTE)と高い弾性率。
- 半導体パッケージでは、異なる材料の熱膨張差が応力や反りなどの設計課題につながる。
- Tガラスは、その課題に対して低CTE・高弾性という特性を活かす材料。
- ただし、実際の反りや信頼性はTガラスだけで決まらず、樹脂・銅・積層構成・製造条件などとの組み合わせで決まる。
- NEガラスが主に「信号」を見る材料なのに対し、Tガラスは主に「熱・機械」を見る材料として理解すると分かりやすい。
- AI半導体の高性能化に伴うパッケージの大型・高密度化は、こうした特殊材料への要求を高める方向に働く。
日東紡績「電子材料用ガラスクロス」:Tガラスの低CTE・高引張り弾性、Eガラスとの代表値比較を確認。
日東紡績「電子材料事業」:Tガラスを高密度パッケージ基板向けのスペシャルガラスとして位置付けていることを確認。
数値は公開情報に掲載された実測値の一例であり、規格値・個別製品の保証値を示すものではありません。